リゴニアのブログ

賜物に満ちた牧師や聖書学の教師による、聖書的、神学的、実践的テーマに関する示唆に富む記事を掲載し、クリスチャンの信仰の成長を励まします。


2024年02月22日(木)

聖霊による義と平和と喜び

パウロ書簡の中で、パウロは王国を意味する言葉を14回しか使いません。これらの箇所の多くは神の国を将来において体験する現実として言い表しています。パウロはローマ人への手紙14章17節においてのみ神の国を現在の現実として言い表しています。「神の国は食べたり飲んだりすることではなく、聖霊による義と平和と喜びだからです。」
2024年02月20日(木)

この世のものではない国

十字軍、異教徒の抑圧、国家転覆、教育、そして世俗的な社会正義の概念などが神の国の建設の手段として用いられてきましたが、いずれも虚しいものでした。誤った行動は誤った概念から発しますが、イエスはご自身の支配が地の上に現れるのはまず魂の上に現れてからだと明らかにされました。
2024年02月15日(木)

あなたがたのただ中に

公生涯の初めから、イエスは「神の国の福音」を宣べ伝えられました(ルカ4:43)。「神の国の福音」が極めて重要であることは、「神の国」がルカの福音書だけで31回も出てくることからもわかります。しかし、「神の国の福音」とは何なのでしょうか。
2024年02月13日(木)

神の国を自らに強いる

何かが本当に、本当に、究極的に良いと知っているとき、しばしば2つの反応を見受けます。ある人はひねくれもので、それが良いものだと知っていながら、他の人がそれを楽しむのを妨げようとします。子どもが兄弟の大切なおもちゃを壊して楽しみを台無しにするように、暴力が伴うこともあります
2024年02月08日(木)

神の国の拡大

マルコの福音書4書においてマルコは種が鍵となる、神の国についてのたとえを三つまとめます。1−9節でイエスは種を蒔く人、種、種が蒔かれた地について語られます。13−20節でイエスはこのたとえを解き明かし、26−29節でイエスは種を使った別のたとえを語られます。
2024年02月05日(木)

神の国を所有する

かつて教父ヒエロニムスジェロームは「キリストの預言者であるダニエルほど、キリストについて明確に語った預言者はいない」と断言しました。しかし、現代の福音派の人々はこれに同意しないでしょう。ダニエル書の後半で語られる黙示的幻は不明瞭のようですし、預言を現代の出来事に当てはめようとする多々の誤用は、ダニエル書のメッセージを明らかにすることに寄与しません。
2024年01月31日(木)

神の国の領域

どんな王でもその権威は王国の国境までしか及びません。この原則をキリストの御国に当てはめると、信仰と見えるものとの間に緊張関係が生じます。聖書は、地とそこにあるすべてのもの、すべての人は主のものであるとたからかに述べます(詩篇24:1)。
2024年01月29日(木)

神の国の王

古代において一国の王は公共事業を監督し、戦争において軍の先頭に立ち、国内の正義を執行し、これらすべての取り組みにおいて知恵を普及させました。王は王国の理想を体現する者、国民を完璧に象徴する者であり、多くの場合、国民の父と呼ばれました。
2024年01月24日(木)

神の国と聖書

キリストとキリストの使徒や預言者たちは、聖書のすべての箇所が、聖書の他の箇所の使信と一致あるいは調和していると教えました。聖書全体が、整合性の取れた体系的信仰、すなわち統一された物語からくる、神に信実なしもべが従うべき唯一の生き方、一つの真の信仰を明らかにしています。