
なぜ改革派の救済論が重要なのか
2026年06月16日(木)
現代におけるキリスト教救済論の課題
2026年06月22日(木)最初の論争:アウグスティヌス対ペラギウス
初代教会において、救いの教理に関して最も重要であった論争はペラギウス論争でした。この5世紀の論争の結末は、その後に起こったあらゆる議論に大きく影響しただけでなく、16世紀の宗教改革における救済論の論争にまで及びました。ペラギウス論争の一方には、ペラギウス、ケレスティウス、そしてエクラヌムのユリアヌスなどの人物がいました。それに対抗する側には、アウグスティヌス、ヒエロニムスなどの人物がいました。この論争の後期には、ヨハネス・カッシアヌスが、後に「半ペラギウス主義」と呼ばれる立場を取りました。しかし、この記事の中では、この議論の初期の中心人物らによる最も重要な教えに焦点を当てたいと思います。
ペラギウスはどのような人物であったか
ペラギウスは英国出身の修道士でした。そして、ペラギウス論争が起こった背景を理解するためには、修道制についてある程度知る必要があります。3世紀において、キリスト教の禁欲主義運動が始まり、それが修道制の発展という形に現れていきました。修道士たちは、個人であれ共同体であれ、救いを達成するために、厳しい禁欲生活を取り入れました。禁欲主義には、あらゆる実践が含まれており、それらはすべて修道士らが肉体の欲望を自制し、それによって神との結合を達成することを目的としていました。
アウグスティヌスは、修道的な実践を全面的に否定したわけではありません。しかし、彼の有名な著書『告白』第10巻の中に記された祈りは、現在もよく知られています。「御身の命ずるものを与えたまえ。御身の欲することを命じたまえ」 この祈りは、アウグスティヌスが、神の命令を守る力を与えてくださるよう神に願うものでした。しかしペラギウスは、このような祈りは厳しい自己鍛錬を貫く修道生活全体を蔑ろにするものだと考え、怠惰な修道士たちが、「私が従うために必要な恵みを神がくださらなかったのだから、これは神のせいだ」と、神の命令に従わない言い訳を与えることになると見なしました。そのため、ペラギウスは、アウグスティヌスの見解を退けたのです。
ペラギウスによる原罪の否定
この論争の根本を理解するためには、ペラギウス(そしてケレスティウス)の基本的な教えを理解しておく必要があります。第一に、そして最も重要なこととして、ペラギウスは原罪という概念そのものを否定しました。彼は、長い間マニ教徒たちとの論争を続けていました。彼らの主張は、人間は物質的な身体を持っているため、その本性は悪であるというものでした。それに対して、ペラギウスは、人間は神によって創造されたのだから、本性として善であると論じたのです。
ペラギウスは、アウグスティヌスらが「人間は本来善として創造されたが、アダムの堕落の結果腐敗した」と教えるのを聞いて、それがあまりにもマニ教的に聞こえると考えたのです。そこでペラギウスは、アダムの罪はアダム自身のみに影響した、と述べました。彼は、私たちはアダムに倣って罪を犯すが、それは人性が腐敗してしまったからではない、と主張しました。子どもたちが親の習慣や話し方を真似るように、アダムの子孫である私たちもまた、アダムを真似て罪の習慣を身につけたのだ、という考えです。そして時を経て、罪の習慣は、話し方の癖のように、身体に浸透していったのです。
ペラギウスの恵みに対する独自の見解
ペラギウスの立場には救いにおける神の恵みの余地がないという見方については、彼は否定するでしょう。しかし、彼の恵みに対する見解は理解するのが困難でもあります。なぜなら、彼の恵みの教理はローマ・カトリックともプロテスタントとも異なるものだからです。
まず第一に、ペラギウスによると、聖書における神の啓示は恵みの賜物です。神は私たちに律法を与える義務はありませんでした。第二に、イエスという方もまた、恵みの賜物です。今や私たちは、新しいアダムに倣うことができるからです。イエスに倣うなら、私たちは徐々に従順という新しい習慣を身につけます。キリストは罪のない方であったため、私たちもまた、正しい選択をするなら、罪のない状態に到達できると考えました。第三に、そしてこれが最も重要な点ですが、私たちの人性そのものは恵みの賜物です。私たちは創造されることを求めたのではありません。そして私たちに与えられた本性の一つは、善か悪かを選ぶ能力です。この能力は神からの賜物であり、私たちはそれを獲得したのでも、功績として得たのでもありません。すなわち神は、アダムよりもイエスに倣うという選択ができる能力を、私たちに恵み深く与えてくださったのです。ゆえに、ペラギウスでさえ、救いは恵みによると主張します。
アウグスティヌスによる応答
アウグスティヌスは、これに対して、ペラギウスは人間の問題の本質について完全に理解を誤っているため、結果的にその解決についても完全に理解を誤っていると応えました。アダムの堕落の結果としての原罪と人性の腐敗を否定することで、ペラギウスの主張する恵みの教理は、実際にはまったく恵みによるものではなくなってしまいました。アウグスティヌスは、アダムの堕落の以前と以後の人間の状態には、非常に大きな違いがあると強調しました。また、アダムの腐敗した本性は、そのすべての子孫に受け継がれているとも主張しました。アウグスティヌスにとって、恵みとは、それを受けるに値しない罪人に与えられる賜物なのです。
アウグスティヌスが恵みの教理を発展させた中で理解すべき重要なことは、それが中世の教会と祭司を中心とする救済論体系に大きく寄与し、現在のローマ・カトリック信仰を形づくっているということです。しかしここで、私たちが着目したいのは、ペラギウス論争の核心が「原罪の教理」という聖書的真理への強調であったということです。この点は、オランジュ公会議(529年)の決議において詳細に示されました。問題の分析が正確でなければ、その解決(救いの教理)を正しく理解することはできないのです。
次回の記事では、ローマ教会が原罪の教理を保持していたにもかかわらず、人間の問題の別の側面を誤って理解した結果、歪んだ救済論が発展したことについて学びます。
1 『告白』[Confessiones X, 29, 40〔山田晶訳、『世界の名著14 アウグスティヌス』中央公論社、1968年、367頁〕]
この記事はリゴニア・ミニストリーズブログに掲載されていたものです。