ルツはどんな人物か?

2026年05月13日(木)

ルツはどんな人物か?

2026年05月13日(木)

サムソンはどんな人物か?


サムソンはどんな人物だったのでしょうか。サムソンは、士師記の中で12番目にして最後の、かつ頂点に立つ士師[新改訳聖書2017では「さばきつかさ」]であり、その生涯は士師記13-16章に記されています。サムソンの家族はダンの氏族の出身でした(士師13:2)。士師として、サムソンはモーセ契約に仕える役職を担い、同時にキリストの型でもありました。彼がキリストの型であったという主張は、二つの点から裏付けられます。第一に、士師記に登場するすべての士師たちは、その役職の性質ゆえにキリストの型であったと言えます。第二に、サムソンの生涯の端々に見られる特徴は、来たるべき王の先駆者としてのバプテスマのヨハネを連想させると同時に、イスラエルの民を罪の抑圧と周囲の国々による征服から救い出すために、神に用いられた器として位置付けているからです。

サムソンは、士師記に登場する主要なすべての士師と同様に、「士師」という役職そのものゆえにキリストの型として描かれています。士師たちは、ヨシュアの後継者として位置付けられており(士師1:1; 2:6-10, 16)、ヨシュアはモーセ契約の仲介者であったモーセの後継者です(申命31:23; 34:9; ヨシュア1:1-9)。ある著者はこれを次のように要約しています。

このように、モーセとヨシュアの後継者として、士師たちは最も包括的な意味において契約の仲介者となるべき存在であり、その契約の中心にあるのは、神のみに対する礼拝と神の道への従順であった。

士師記の第二の序論では、士師という役職の五つの働きが示されています(士師2:6-3:6)。それらは以下の通りです。

  • 主によって起こされた(士師2:16, 18)
  • 主の霊によって力を受ける(士師2:18; さらに参照 3:10; 4:14; 6:34; 11:29; 13:25; 14:6, 19; 15:14)
  • 神の民を救う(士師2:16; さらに参照 3:9)
  • 地の安息を守る(士師2:18; さらに参照 3:11; 8:28)
  • イスラエルの契約への忠誠を促す(士師2:17-19)

士師記に示される士師という役職の各側面は、新約聖書に示されるイエスの人格とその働きを指し示しています。イエスの働きは以下の通りでした。

  • 父によって起こされた(ヨハネ5:36-37; ローマ6:4; ガラテヤ1:1)
  • 御霊によって力を受ける(マタイ3:16; 12:18)
  • 神の民を救う(マタイ1:21; 一ヨハネ4:14)
  • 安息を与える(マタイ11:28-29)
  • 神の民の従順を保証する(ローマ5:19)

士師という役職そのものに加え、サムソンの生涯の端々に見られる特徴は、彼を来たるべき王の先駆者としても、またその王の型としても位置付けるものです。サムソンは、士師として、主によって任命されたことが士師記13章5節に記されています。「彼はイスラエルをペリシテ人の手から救い始める」(斜体は著者による)。このように、サムソンはダビデ王と結びつけられます。ダビデ王はサムソンが始めた、ペリシテ人からのイスラエルの救いを完成させるのです(一サムエル17章; 二サムエル7:1)。

ダビデ王の到来の先駆者として、新約聖書の福音書の記者たちが、士師記に記されるサムソンの生涯の記録を、同じく来たるべきダビデの家系の王の先駆者であるバプテスマのヨハネの生涯の記録のモデルとして用いていることは興味深いことです。両者とも、よく似た誕生物語から始まります(士師13章;

ルカ1:5-25)。どちらの母も不妊でした(士師13:2; ルカ1:7)。両者とも、誕生前からぶどう酒や強い酒を飲まないよう定められていました(士師13:3-5; ルカ1:15)。どちらの記録も、主の使いが現れてその誕生を告げます(士師13:3; ルカ1:11)。そして、どちらの父も、主の使いの知らせを信じられずに戸惑いました(士師13:16-17; ルカ1:18-20)。どちらの誕生物語も、それぞれに与えられた召命や役割が記されています(士師13:5; ルカ1:16-17)。さらに彼らの後の生涯では、サムソンも、バプテスマのヨハネも、女によって裏切られ(それぞれデリラとヘロディアの娘)、結果的に彼らの死がもたらされます(士師16章; マタイ14:1-12)。最後に、この二人はいずれも、神の民により大きな安息をもたらす王の到来の先駆者として仕えています(二サムエル7:1; マタイ11:28)。

さらに、サムソンは彼の愛する者たちに裏切られ、彼自身の民によって敵の手に渡されました。サムソンの数多くの力あるわざや、敵に対する勝利は、主の霊によって可能にされていました。実際、サムソンの上に主の霊のわざがあったことは4回言及されており、これは士師記に登場するどの士師よりも多いものです(士師13:25; 14:6, 19; 15:14)。彼の生涯における数々の失敗が、彼自身を超越する方を必要とすることを示しているとはいえ、サムソンはペリシテ人を打ち破るという召命には、死に至るまでも忠実であり続けました。彼はその死において、敵に対する最大の勝利を成し遂げました。それは彼の屈辱的な状況の中で起こった勝利であり、真の強さの究極的な現れでもありました。士師記において、サムソンは、あなたや私の型ではなく、キリストの型です。サムソンとイエスは救う者であり、私たちは救いを必要とする者です。士師記に見られる、このサムソンの生涯の重要性について、バリー・ウェッブは次のように述べています。

彼の誕生は、あらかじめ御使いによって告げられる。彼の受胎は奇跡的なものである。彼は自分の民に拒まれる。その民の指導者たちは彼を縛り、異教の支配者たちに引き渡す(16:13)。彼の救いのわざは、彼の死において完成される。その死は、ダゴンを打ち倒し、将来さらに完全に現される救いの土台を据えるのである。すなわち、この最も意外と思える人物の中に、私たちは、旧約聖書の他のどの箇所よりも明確に、来たるべき事柄のかたちを見るのではないか。
サムソンはどんな人物だったのでしょうか。サムソンは、かつても、この先も、キリストの型であり続けます(ヘブル11:32-40)。


1  J. Clinton McCann, Judges (Westminster John Knox Press, 2002).  日本語訳は訳者による。
2 Barry Webb, “A Serious Reading of the Samson Story (Judges 13–16)” in Reformed Theological Review 54 (1995): 114.  日本語訳は訳者による。
3 サムソンの生涯に関するさらなる議論と解説は、以下の著書を参照のこと。Miles V. Van Pelt, Judges: ESV Expository Commentary, volume II (Crossway, 2021), 618–645. 


この記事はリゴニア・ミニストリーズブログに掲載されていたものです。

 

マイルズ・V・ヴァン・ペルト

マイルズ・V・ヴァン・ペルト

マイルズ・V・ヴァン・ペルト博士は、ミシシッピ州ジャクソンにあるReformed Theological Seminaryで旧約聖書学および聖書言語学のアラン・ヘイズ・ベルチャー教授、ならびに聖書言語夏季訓練コースのディレクターを務める。著書は多く、『Basics of Biblical Hebrew』『Judges: A 12-Week Study』など。