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組織神学は有益ですか?

編集者注:これはテーブルトーク誌の解釈学というシリーズの第三章の記事です。

何年か前、キリストにある兄弟たち数人と会議をしたことを覚えています。私たちは、メンズグループで行うリトリートに招く講師を探さなければなりませんでした。一人の男性がこう言いました。「とりあえず神学は避けたいな。実践的な学びをしたいよね」 こうした考え方は、よく耳にします。神学は有益ではない、という思い込みです。しかしリトリートが終わってみると、その講師がまさに神学的だったからこそ、とても有益なひとときとなりました。彼は神のことばの教理を明確に、確信を持って教え、参加者を応答へと招いてくれたのです。

有益な神学とは何か?

神学とは、キリスト教の教理について真剣に考えることです。信仰の教理は、聖書の教えを要約し、説明するものです。聖書は「健全な教え」(テトス2:1)を勧めており、これはつまり霊的な健全さをもたらす教理を指します。

組織神学は、聖書全体が特定の教理について何を教えていて、そしてその他の教理とどのように繋がっているかを学ぶ学問です。例えば、罪人はどのようにして神によって義と認められるのか? 義認は神について、キリストについて、そして私たち自身について、何を示しているか? などの問いが挙げられるでしょう。

組織神学の目的は、他のあらゆるキリスト教の教えと同様に、議論を引き起こすことではなく、信仰と敬虔を強めることにあります(一テモテ1:4-5)。改革派の神学者たちがこう言っているとおりです。「神学とは、キリストによって神のために生きることの教理である」

しかしだからといって、神学ならば何でも有益というわけではありません。私が初めて組織神学の本を読んだとき、「これは素晴らしい! 著者は信仰について深く考察している」と思いました。しかしこの本で著者は、キリストの肉体が死からよみがえったことを語るのは馬鹿げている、と述べていたのです。著者は不信者でした。言うまでもなく、私はその本を読むのをやめました。

組織神学は、神のことばに忠実である場合にのみ、有益な学問です。特にキリストが私たちの罪のために死に、死からよみがえられたという福音は重要です(一コリ15:3-4)。したがって、私たちは見極める力を付けなければなりません。私たちは実際、たとえ不信者であっても、誰からでも何かを学ぶことはできます。しかし教理や神学を学ぶときは、誰を教師とするかを慎重に選ばなければなりません。

なぜ組織神学は有益か?

組織神学が有益である理由は、知識こそが恵みのうちに成長するための鍵であるからです(二ペテロ1:2; 3:18)。永遠のいのちの本質は、神を知ることにあります(ヨハネ17:3)。使徒パウロは、キリストを知ることは他のすべてにまさってすばらしいと考えていました(ピリピ3:8)。パウロは「キリストの測り知れない富」について宣べ伝えることを特権としていました(エペソ3:8)。

私たちはあまりに頻繁に、私たちの行動の根拠を考えることもないままに、ただ人生を過ごしてしまっています。組織神学は、人生の最も重要な問いに対する答えを聖書から引き出します。神はどのような方か? 神はこの世界にどんな目的を持っておられるのか? 私は誰か? 私はなぜここにいるのか? なぜ悪が存在するのか? 悪に打ち勝つためにはどうすべきか? 誰が私に助けを与えてくれるのか? 歴史はどこへ向かっているのか——?

何よりもすばらしいのは、キリスト教神学が三位一体の神を知るための手段であるということです。すなわち、その永遠の愛において知られる御父、その救いの恵みにおいて知られる御子、そして神と互いとの甘美な交わりにおいて知られる聖霊を知ることです(二コリ13:14)。主を知ることは、人間のあらゆる知恵、力、富にまさって価値のあるものです(エレミヤ9:23-24)。神はご自身のことばによって、私たちを自由にし、私たちをご自身のように聖なる者としてくださいます(ヨハネ8:31-32; ヨハネ17:17)。

どうすれば神学を有益に読むことができるか?

神学を有益なものとする責任は、著者だけにあるのではありません。読者にも果たすべき責任があります。以下に、読者として組織神学を最大限に活用するためのヒントを挙げます。

1. プライドを満たすためではなく、愛を満たすために神学書を読む

知識は容易に人を高ぶらせますが、私たちを動かすものが愛であるなら、人を育てることを目指すようになります(一コリ8:1)。

2. 聖書を開いて神学書を読む

参照聖句を調べましょう。その箇所を文脈に照らして読みましょう。聞いたことを確かめるために「毎日聖書を調べ」た、べレアの人々のようになりましょう(使徒17:11)。

3. 祈りつつ神学書を読む

ただ神について書かれているのを読むのではなく、神の臨在の中で読みましょう。神を求めつつ、学ぶことが大切です。神の栄光と恵みで魂を満たしましょう(詩篇63:5-8)。「知性を尽くし」て神を愛しましょう(マルコ12:30)。

4. キリストを信じる信仰とともに、神学書を読む。キリストこそ、神を説き明かす「ことば」である(ヨハネ1:1, 18)

キリストがあなたの心を開き、みことばを悟らせてくださるよう依り頼みましょう(ルカ24:45)。

5. 注意を払い、黙想のうちに神学書を読む(二テモテ2:7)

読む本によっては、私たちはちょっとした洞察を得るためだけにざっと読むことがあるでしょう。しかし、優れた組織神学の本は、じっくり丁寧に読む価値があります。

6. 限界を知って神学書を読む

あなたは神ではありません。したがって、自分が神を完全に理解できると考えるのは愚かなことです(詩篇145:3)。しかしあなたは、神のかたちとして創造された人です(創世1:27)。ですから、キリストの恵みによって、あなたは神を知ることができるのです(一ヨハネ5:20)。

7. 頌栄のために神学書を読む

神がご自身について明らかにしてくださることに対して、頻繁に賛美と感謝を献げましょう(詩篇119:164)。そうすることで、神学はまさに天国の前味となります!


この記事はテーブルトーク誌に掲載されていたものです。

ポール・M・スマリー
ポール・M・スマリー
ポール・M・スマリー牧師は、ミシガン州グランド・ラピッズにあるPuritan Reformed Theological Seminaryでジョエル・R・ビーキ博士のリサーチアシスタントを務めている。共著書として『Reformed Systematic Theology: Revelation and God』『One Man and One Woman: Marriage and Same-Sex Relations』などがある。