
死におけるクリスチャンの慰めとは?
2026年05月08日(木)
聖さについて知っておくべき五つのこと
2026年05月13日(木)罪と戦うことについて知っておくべき五つのこと
1. 脅威は現実である
聖書は、私たちがこの世と肉、そして悪魔からの大きな誘惑に直面していることを教えています。これらはすべて、重大で強力な敵です。
この世は私たちの味方ではありません。この世の仕組みは、私たちをある方向へと押し流そうと働きかけます。パウロが、「この世と調子を合わせてはいけません」(ローマ12:2)とすべてのクリスチャンに警告しているのはそのためです。この世と調子を合わせるとき、この世が何を重んじ、何を許容し、何を成功と定めるかは、文化によって異なるでしょう。しかし、このようなことは常にみことばに照らして吟味し、検証されなければなりません。
私たちの肉もまた、私たちに戦いを挑んできます。私たちは生まれながらにして罪人であり、神から離れ、自分たちの罪深い欲望へと傾く性質を持っています。ときに、新生という奇跡の中で、神が恵み深く私たちの罪の傾向の一部を取り去ってくださることがあります。しかしそれでも、罪に満ちた生き方の名残は残ったままです。私たちは自分の心に従っていれば、正しい方向に導かれるだろうと期待することはできないのです。
さらに、悪魔の存在があります。聖書は私たちに警告しています。「あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています」(一ペテロ5:8)。もし有能な暗殺者が、あなたを殺すために雇われていたとしたら、あなたは常に気を張っていることでしょう。ドアはすべて鍵をかけ、角を曲がるたびに暗殺者が潜んでいないか確かめるはずです。サタンは、どのような人間よりもはるかに強力なのです。私たちは常に身を慎み、目を覚ましていなければなりません。
2. 誘惑は知らない間に始まっている
私たちが罪に陥るときというのは、大抵、あらかじめ自分自身を罪から守ることができなかった結果です。私たちは、罪の影響など受けないことを前提にいつも通りの生活を送っていてはいけないのです。多くの場合、罪と戦う最善の方法は、誘惑に引き込まれやすい場所や行動を避けることです。ある人にとっては、できるだけ忙しくしていることが必要でしょう。一人になって退屈になると誘惑に陥りやすくなるからです。またある人にとっては、特定の人を避ける必要があるかもしれません。彼らの影響が強く、罪の道へと引き込まれてしまうからです。ある人は、特定のメディアを避けるために、距離を保つための防御策が必要です。私たちには、決して観るべきではないもの、行くべきではない場所、一人でいるべきではない時間があります。このような、特定の人や場所や状況が直ちに罪であるとは限りませんが、それらに関わることによって誘惑の影響を受けやすくなり、罪に陥る大きな危険に晒されるのです。
3. 罪との戦いは、心と向き合わなければならない
イエスは明確に、罪は心から出て来ると言われました(マタイ15:19)。私たちの心こそが、罪の源です。ですから罪との戦いは、私たちの内なる人に向き合うものでなければなりません。私たちは、神のみことばに従って自分の心を育むことに、細心の注意を払う必要があります。
詩篇119篇11節は、このことを簡潔に表現しています。
私はあなたのみことばを心に蓄えます。
あなたの前に罪ある者とならないために。
詩篇の作者は、自らが罪から守られるためには、神のみことばで心を満ち溢れさせる必要があることを知っていました。これは私たちにとっても同じです。
だからこそ、毎日聖書を読むこと、聖句を暗誦すること、そして神のみことばに沿って祈ることが必要不可欠なのです。私たちが考えることは、私たちの言葉や行動を反映します。これについて、使徒パウロは次のように書きました。「最後に、兄弟たち。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判の良いことに、また、何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を留めなさい」(ピリピ4:8)。
4. 三位一体の神が私たちに力を与えてくださる
私たちがクリスチャンとして誘惑を受けようとも、主が私たちの味方でいてくださいます。聖書はこう述べています——新しく生まれた人は「主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによる」(二コリ3:18)。クリスチャンには、「あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださる」という約束が与えられているのです(ピリピ1:6)。そして、さらに、「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる方です」(ピリピ2:13)。
それだけではありません。私たちは、具体的にこのように語られています。
あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。(一コリ10:13)
私たちが直面する敵は、強いでしょう。しかし、神はさらに強い方です。イエスを死からよみがえらせた神の聖霊が、今日、私たちの肉体のうちに働きかけておられるのです。聖書は、次のようにクリスチャンに語りかけます。「あなたがたのうちにおられる方は、この世にいる者よりも偉大だからです」(一ヨハネ4:4)。
5. この戦いは栄光に至るまで終わらない
私たちの救い主の臨在に入るまで、私たちは罪との戦いにあることを覚悟しなければなりません。聖書は明確に述べています。「もし自分には罪がないと言うなら、私たちは自分自身を欺いており、私たちのうちに真理はありません」(一ヨハネ1:8)。
罪との戦いは、私たちの地上での時間が霊的な戦いの時であることを意味します。天における永遠の安息に入るまで、私たちは決して戦いからの安息を期待してはいけません。
しかしいつの日か、私たちは変えられます。イエスが永遠の家に迎え入れてくださるとき、私たちはキリストに似た者になります。戦いは終わり、勝利が与えられるのです。
この記事はリゴニア・ミニストリーズブログに掲載されていたものです。

