
クリスチャンとしての新年の抱負
2026年09月25日(木)わざの契約とは何か?
「わざの契約(covenant of works)」や「行いの契約」、ときに、「創造の契約」あるいは「いのちの契約」とも呼ばれるこの契約において、神はアダムとエバに、善悪の知識の木から取って食べることを禁じられました(創世2:15-17)。この契約に完全に従うなら、アダムとエバはいのちが約束されていました。二人は主の御前で義と認められ、永遠のいのちを受け継ぐことになっていました。
アダムとの契約を「わざの契約」と呼ぶのは、その祝福を獲得するための手段が人間のわざによるものだったからです。子孫を生み、地を支配し、禁じられた木を避けるという従順の良い行いが、アダムとその子孫たちに永遠のいのちを得させるはずでした(創世1:28; 2:15-17)。
ご存知の通り、アダムとエバはわざの契約を破り、それによって二人とすべての子孫を——ただ一人、イエスを除いて——罪の中に陥れました。アダムにあって、私たちはわざの契約を守る能力を失いました(ローマ3:9-20)。しかし、だからといって、わざの契約が廃れたということではありません。私たちはなおも、この契約の規定に縛られています。ただし私たちにそれを成し遂げる能力がないために、私たちの唯一の希望は、誰か別の方が私たちの代わりにそれを守ってくださることです(ガラテヤ3:10-14)。
ご自分の民を再びパラダイスへと導き入れるために、イエスは第二のアダムとならなければなりませんでした。つまりイエスは、私たちと同じような形でこの世に降り、神に完全に従い、アダムが私たちの代表者として失敗したことを完全に成し遂げる必要があったのです。パウロはこのことについて明確に教えています(一コリ15:45)が、同時に、共観福音書に記されている、イエスが誘惑を受けた出来事にも暗示されています。
バプテスマを受けた後、イエスは荒野へと追いやられました。そこで、イエスはアダムを誘惑するために蛇を用いた者と対峙されました。最初のアダムは、主が啓示してくださるみこころではなく、自分自身の知恵に頼るよう誘惑されました。第二のアダムも同様に、神のみこころ——苦しみを通して蛇を従わせること——を捨て去るようにと誘惑されました。サタンは、イエスが定められた時を待たずにご自分の必要を満たすことや、痛みなしに、すぐに王として治め始めるように仕向けようとしました(マタイ4:1-11)。しかし、最初のアダムとは異なり、イエスはサタンの誘惑に打ち勝ち、十字架におけるサタンの最終的な敗北への道を開かれたのです(コロサイ2:13-15)。
この記事はリゴニア・ミニストリーズブログに掲載されていたものです。

