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リゴニア・ミニストリーズの歴史

編集者注:これはテーブルトーク誌の今のこの瞬間が永遠を変えるというシリーズの第七章の記事です。

ピッツバーグのポイント州立公園にある花こう岩の記念碑には、「国際的に重要な場所(A Place of International Consequence)」という言葉が刻まれています。スリーリバーズと呼ばれる、三つの川(Three Rivers)が出会うこの場所は、植民地時代に極めて重要な役割を果たしました。しかし、1750年代の当時、この場所で起こったことの意味を理解している人はほとんどいなかったでしょう。しかし、そのもたらしたものは大きく、その出来事は何世紀にも渡って影響を与え続けました。この国際的に重要な場所は、R・C・スプロールとベスタ(ヴォーリス)・スプロール が幼い頃に住んでいた家から北西にまっすぐ10マイル離れたところでした。

1971年8月より以前のこと:土台を据える

R・Cは、愛するピッツバーグの思い出を大切にしていました。この地は、R・Cという人間を形成した土地だと言えるでしょう。その地を離れて何十年経った後も、独特のなまりで語る彼の声が聞こえたのです。ピッツバーグは鉄鋼の町であるだけでなく、長老派教会の町でもありました。しかし、1950年代から60年代の長老派教会は、信仰告白に対する忠誠に欠けていた時代でした。R・Cは長老派教会に通い、長老派の大学に通い、長老派の神学校に通っていましたが、そのいずれもが、明らかに自由主義神学に立つものでした。このような状況があったことで、R・Cには基盤となる二つの土台が与えられます。一つは、R・Cがついに福音の真理を聞いたとき、神の恵みと優しさに圧倒的な感謝を覚えたこと、そして福音の三位一体の神を知り、神に仕え、礼拝したいという切なる願いと情熱が沸き起こったことです。この感謝と情熱は彼の人生のすべてとなりました。それは彼自身を動かし、彼の設立したミニストリーを動かす原動力となったのです。もう一つは、誤った神学に囲まれていた経験から、弁証力のスキルが磨かれたことです。彼にはもともと素晴らしいコミュニケーション能力がありましたが、同時に優れた弁証者でもありました。リゴニアの使命(mission)は真理を教え宣べ伝えるだけでなく、真理を弁証し、そのために争うことでもあると、よく話していたものです。R・ Cは、偽りの教えがもたらす害悪を身をもって知っていました。

真理であること、良いこと、美しいことに対するR・Cの愛と情熱、さらにそのために戦うという彼の願いは、リゴニア・ミニストリーズの基盤の一部となりました。基盤のもう一つの部分は、メッセージ(message)です。R・Cは、クリスチャンとして聖書を初めて読んだとき、「神は真剣勝負をされる神だ」という実感とともに、根本から変革されるかのような体験をしました。文化、また教会において、多くの人が神について浅はかな理解しか持たない中で、R・Cは預言者イザヤのように、燦然と光り輝く聖なる神を前にしてひざまづいたのです。神の聖さを余すところなく宣べ伝えることは、リゴニアの基盤となっただけでなく、この50年間にリゴニアが行ってきたすべての活動に浸透しており、今もこのミニストリーの北極星として輝いています。

使命とメッセージが定まったところで、基盤にもう一つ必要な部分があります。それは、聴衆(audience)です。R・Cが30歳になったころ、彼は神学校の教授として先頭に立っていたものの、その仕事に退屈していました。一方で、彼は成人向けの日曜学校のクラスでも教えていました。そこで彼は、信徒たちがパン屑ではなく肉に飢えている姿、すなわち神のことばや教理を求めている姿を発見します。ここで教師と聴衆が互いに作用し合いました。彼らが飢え渇けば飢え渇くほど、R・Cはより熱心に教え、彼らはまた学びを求めて戻ってくるのでした。

1971年から1984年

これらの基盤が備わり、神はこの宣教の働きの構造を建て上げ始めるために、二つの力を引き合わされました。一つの力は、R・Cとベスタ、そしてスプロール一家です。リゴニアの最も初めの段階から、R・Cとベスタが夫婦としてこの働きに従事していたことは忘れてはいけません。もう一つの力は、ピッツバーグの実業家の未亡人、ドーラ・ヒルマンでした。彼女はペンシルベニア州西部のリゴニア峡谷に住んでいました。あるとき、彼女の家の近くに52エーカー(およそ63,657坪)の土地が売りに出されます。彼女はその土地を買い、スプロール一家の家を建てました。この家は家族のための家であるほか、リゴニア・バレー・スタディ・センター(LVSC)のレクチャーホール、学生のための食堂、そしてオフィスとして用いられました。R・Cは講義を準備し、月曜日の夜には伝説的な質疑応答セッション「Gabfests(雑談会)」が開催されました。執筆活動も行われました。オーディオカセットでティーチングシリーズを録音する作業も行われました。そして、1975年には、ティーチングシリーズが初めてビデオで録画されます。このビデオで、R・Cは飛行機操縦士のようなサングラスをかけ、典型的な70年代の服を着て、「The Holiness of God」を録画したのです。当時、このようなものはどこを探してもありませんでした。黒板、演台、情熱、メッセージ、そして聴衆。LVSCの初期のころ、彼は成人向けキリスト教教育のパイオニア的存在だったのです。

しかし、当時、R・Cとベスタはそのようなことを自覚してはいませんでした。彼らはただ、神が示すままに、主の導きに忠実に従って仕えていただけだったのです。その信仰ゆえに、神はこのスタディ・センターを実りあるものとして祝福されました。後にリゴニアの代表およびテーブルトーク誌の編集者を務めたボブ・イングラム(1988-1992)は、その頃独身グループの仲間と車に乗り合わせて、いつもスタディ・センターに出かけていったことを思い起こしています。彼の簡潔な言葉によると、「スタディ・センターは私の世代を訓練してくれた」ということです。1971年から1984年の間、実に何万人もの人が、アレゲーニー山脈の麓を蛇行する裏道を上り下りしながら、スタールスタウンのスタディ・センターに通っていたのです。人々はそれぞれ質問を携えてきて、その質問にR・Cやスタディ・センターの他の教師たちが、神のことばから答えを示しました。オーディオカセットやビデオカセットが送られるようになると、さらに多くの人がR・Cから学ぶようになりました。たくさんの人が教会の地下室にある日曜学校のクラスなどで、テレビを見ながらR・Cのティーチングを初めて聞き、その姿を目にしていたのです。

1984年から1994年

やがて理事会が、リゴニアは大きなキャンパスを維持せずとも、より効果的な活動ができるという結論に至るまで長くはかかりませんでした。1984年、リゴニアはフロリダ州オーランドに移転します。オーランドは、人々が教えに来る場所であると同時に、教えが外に出ていく場所でもありました。1988年、リゴニアは「聖なる神を愛する」という題目のもと、初めての全米カンファレンスを開催しました。この全米カンファレンスはその後も毎年行われ、リゴニアの「学生」たちにとっての家族の再会の場、またリゴニアから出版される新しい本やティーチングシリーズを発表する中心的な場としても用いられていくことになります。

オーランドへの移転は、テーブルトーク誌の出版を同時に大きく進展させました。1977年に創刊されたテーブルトーク誌は、1989年にデザインとフォーマットが一新されました。この月刊誌はテーマに沿った記事と毎日のデボーションを提供し、発行部数を伸ばし続け、今や毎月10万部以上が配布されるまでになりました。テーブルトーク誌には、人々が神のことばを読むことだけでなく、それらをよく学ぶよう励ましたいというR・Cのビジョンが凝縮されています。この間、R・Cは代表作を2冊出版しました。1985年に「The Holiness of God」、そして翌年1986年に「Chosen by God」です。これらの執筆活動の間も、ティーチングシリーズは次々と制作、録音、配布され続けました。

1994年から2021年

1982年、R・Cの初めてのラジオ番組「The R. C. Sproul Study Hour」が放送されました。1986年には「Ask R. C.」が6つのラジオ局で放送されています。これらは、1994年の「Renewing Your Mind(RYM)」の開始に向けての積み重ねとなりました。もちろん、最初に取り上げたテーマは神の聖さについてのシリーズでした。その頃のクリスチャンラジオは説教の放送が中心でした。しかし、RYMが目指したのはティーチングです。R・Cがチョークを使って黒板に文字を書く音もラジオを通して聞こえました。それを聴く人が、あたかもR・Cのクラスに座って参加しているかのような感覚になり、直接語りかけられているようにと工夫したのです。このような放送は他になく、すぐに通勤する人々の定番番組になりました。今もそのようにして用いられています。

著書もさらに多く出版されました。カンファレンスも、オーランドや全米各地で、そしてついには世界各地で開催され続けました。リゴニアはまた、聖地や、宗教改革者たちが暮らした有名な都市を巡る研修旅行も主催するようになりました。さらに、テクノロジーの発達に伴い、リゴニアはティーチングをより広く伝えるための手段を拡大していきます。まずウェブサイトは、現在でもティーチングを流通させるための重要かつ効率的なツールとなっています。それに加えて、RefNet(オンラインラジオ放送)、ポッドキャスト、Ligonier Connect(テーマ別オンライン神学コース)、Ask Ligonier(神学の質問ができるウェブサイト)があります。これらすべての取り組み、そして現在開発中の新しい取り組みは、テクノロジーを活用することで可能な限り多くの人々に神の聖さを宣べ伝えています。

リゴニアがその活動範囲を広げる一方、2011年にフロリダ州中部に改革バイブルカレッジ(Reformation Bible College)を開校したことはミニストリーのルーツに立ち返る機会となりました。この大学には約140人の学生が在籍し、さらに100人の学生がオンラインコースを受講しています。また、リゴニアでは2010年に専属講師陣の召集によって、ティーチングの基盤を拡大させました。R・Cによる膨大な量の教材と並行して、リゴニアは専属講師陣や他の信頼できる教師たちの執筆や講演のためのプラットフォームを提供しています。1971年以来、リゴニアは教師と学生を結びつける役割を担ってきました。

リゴニアは、英語以外の言語での運営も広げてきました。現在リゴニアのウェブサイトは、スペイン語、アラビア語、ペルシャ語、中国語を含む7ヶ国語で提供されています。これらの各サイトには、日々新しいコンテンツが追加されています。2018年3月には「Renouvando tu Mente(スペイン語版Renewing Your Mind)」がスタートし、以降毎日放送されています。こうした取り組みには、R・Cやその他執筆者の書籍の翻訳や、「Reformation Study Bible」の翻訳版の制作も含まれています。リゴニア・ミニストリーズは、スリーリバーズのように、国際的に重要な場所となったのです。

さて、次は…?

重要な取り組みが始まったり、節目を迎えたりするごとに、R・Cは必ず時間を取ってその一歩を祝いました。そして、周りの人に向かってこう尋ねたものです。「さて、次は?」私たちもこの問いかけを持ち続けています。その答えは、ある意味では私たちにはわかりません。しかし一つわかっていることは、神は初めから、様々な困難な時期においても、変わらず誠実であり続けてくださったということです。それは、R・Cを失い、悲しみに暮れた2017年の最後の日々も同じでした。神はなおもリゴニアを祝福してくださいます。この3年間、リゴニアの活動は今までの歴史の中でも最も大きな広がりを経験しました。過去50年間の歩みに、私たちは感謝しています。しかし、決して思いあがることがありませんように。リゴニアは教会に仕え、私たちの聖なる神の権威に仕えるのです。私たちは神に向かって、問いかけます。「主よ、次の50年はどのような年月になるのでしょうか」、と。皆さんと共にリゴニアの50周年を振り返りながら、このことは覚えていてください。私たちは前を向き、可能な限り多くの人々に神の聖さを余すところなく宣べ伝えるという決意を新たにしているということを。次に何が待っているのかわかりませんが、神が何をなされるか期待しつつ、私たちは忠実に主の道を歩んでいきます。


この記事はテーブルトーク誌に掲載されていたものです。

スティーブン・J・ニコルス
スティーブン・J・ニコルス
スティーブン・J・ニコルス博士は、Reformation Bible Collegeの学長、リゴニア・ミニストリーズの学術部門主任、並びにリゴニアの専属講師を務めている。彼はポッドキャスト番組『5 Minutes in Church History』と『Open Book』のパーソナリティーも務める。著書も多く、『For Us and for Our Salvation』、『Jonathan Edwards: A Guided Tour of His Life and Thought』、『Peace』、『A Time for Confidence』などがある。また共同編集者として、『The Legacy of Luther』および 『Theologians on the Christian Life』シリーズ(Crossway出版)がある。ニコルス博士のツイッターアカウントは @DrSteveNichols